bookmark_borderぐうたら農法で育てるヘチマ。

西村和雄さんの『ぐうたら農法』を読んでみたら、すごく腑に落ちました。なるほど…。

私は今まで、「有機農業」とか「無農薬栽培」とかとくにスタイルを決めるわけでなく、あたりまえのように無農薬で、あたりまえのようにプラスチックを使わないことを志向し、あたりまえのようにできるだけ自然な農業をやってきました。

でも、どうもよくわからないでいました。どのくらい、どういう肥料を使うといいのか。雑草をどの程度、刈るべきなのか。土をどれだけ耕すといいのか…。まだ途中段階ではありますが、『ぐうたら農法』はすごく納得がいく、というか、私にとってはとても馴染む方法論であると思いました。

メインの考え方は、できるだけ肥料は使わず、雑草は生えさせておいて、作物の成長の邪魔にならないように時々刈り、刈った草は作物の根元に敷いて「草マルチ」として利用する…というもの。

写真の奥には、へちまの花が咲いています。

そしてその手前には、里芋が育っています。無農薬です。そして、今日は、里芋の根元に刈ったばかりの草を敷き詰めました。こういうことをやっていると、土そのものが多様な生物が生きる豊かなものになっていく、そうです。私は、それを信じたいと思います。私も、そうなるような気がします。そういう農業に近いことをやってきた気がしますし、そういう農業をめざしてこれからもやってきたいと思います。

bookmark_borderへちまたわしのための文言。

まちの耕作放棄地の草を刈り、土を耕し、種をまきました。育つ「へちま」は、棚を覆い、緑のカーテンのような風景を生み出してくれました。そんな「へちま」でつくった「たわし」です。農薬もプラスチックもたいした肥料も使わない、だいぶナチュラルな農業です。着色料も、漂白剤も使わない、だいぶナチュラルなたわしです。

bookmark_border2020へちま1号らしきもの。

今日は、2020年7月31日。

7月は異常なまでに雨が降りました。振り続けました。水はけの悪い私の畑はいつも水たまりができているような感じ。生える雑草も、稲に似たものや、藻のようなかたちをしたものや、せりに似たようなものばかりで、しかもそれら雑草の生育だけはめちゃいいのでした。

おかげで日照時間は短く、農作物の生育は悪いです。私の育てるへちまも、やはり生育は悪いです。けれど、それはすべて天候のせいというよりも、実際に悪いのは、私の芽出しであり、苗づくりであり、畑の管理であり、、、なのです。

本当はもっと上手に、タイミングも、鉢の管理も、温度管理もして、苗を元気にいっぱい作ってあげなければならなかったのに、うまくできませんでした。もっと上手に、畑の土を耕さなければならなかったし、肥料や成分のことも考えてあげなければならなかったのです。ずさんで、テキトーで、ズボラなのです。

そんななかでも、へちまらしき実がつきはじめました。こういうのを見ると、大切に育てなければ、、、と思います。

今日も雨ですが、あがらない雨はない、と言います。いい日が訪れることを祈りつつ、頑張っていきたいものです。

 

bookmark_borderダンゴムシはヘチマの敵だろうと思われる。

ちょうど1年くらい前に、「敵か味方か、ダンゴムシ」という記事を書いています。

それから1年後の今、まったく同じような記事を書こうとしていました。成長しない、とはこのことです。けれども、去年とまったく同じかというとそうではなく、成長した部分も少しはあるのです。というのも、昨年の私は「なんかダンゴムシが悪い影響を与えている気がするなあ」という程度でしたが、今年の私は「ダンゴムシは、どうやらヘチマの敵である可能性が高い」という認識に至っているのですから。

育苗を庭先でやっているうちに、せっかく生えた葉が虫に食いちぎられ枯れてしまったということが今年なんどもありました。で、大体の場合、そこにはダンゴムシの姿が確認できました。「食っているのはこいつらだ!」ということを私はほぼほぼ確信しています。

上の写真は、今朝の畑にて。それなりにへちまが育ってきているその根元です。やっぱり、ダンゴムシがカジカジしている模様。へちまがそれなりに大きくなっていますから、よっぽどでなければこのへちまがダンゴムシに食い荒らされることはないでしょうが、もしまだ小さい苗であれば食いちぎられてしまっているでしょう。実際、先月に植えた苗のうちのいくつかは食べられてしまっていました。

ぼくは農薬や防虫剤を使いませんが、へちまを元気に育てるために、なんとかダンゴムシからの脅威をうまく避ける方法をよく考えてみたい、と思います。

bookmark_borderじぶんと世の中を考えてみる。

へちまを育てながら、お金のことを考えていました。ぼくはこういうことをやっていこうと思います。というか、お金に関していまやっていることの全体像はこういうことだと思います。

お金を稼ぐ。貯める。そしたら株を買い、お金を増やす。それを繰り返し、少しずつ増やしながら、こんどはそのお金のうちの一部を、じぶんがいいと思う領域に投下していく。社会をよくするサービスを提供する企業の株を買う。畑を借りてへちまのたねや苗や肥料を買って、育て、たわしをつくって世に広げる。まちでいちばん好きな飲食店で晩ごはんを食べる。クラウドファンディングで気に入ったプロジェクトを応援する。がんばってほしい自治体にふるさと納税する。社会のために必要な活動をしているNPOや団体に寄付する。より良い方向に進もうとしている起業家や将来有望な若者を支援する。そういうサイクルを回していく。それによって、自分がそうあってほしいと願う方向に社会を進めてくれそうな企業や団体や若者やプロジェクトには元気に活動してもらう。そんなお金の流れ方にしたい、と。

もちろん、いまはまだその流れがようやくできつつあるところで、ちょろちょろしたか細いラインにすぎないけれど、とはいえとにかくラインはできたのだから、あとは太くしていけばいい。ぼくのこれからの目標は、お金を回して、そのお金の回し方を大きなものにしていって、良い社会をつくるサイクルを生み出すこと。

お金を稼ぐ、増やす、投下する。この繰り返し。その原点にあるのはまず「稼ぐ」こと。だからなるべく長く、なるべく多く、稼ぎ続けることは、このサイクルの土台となる部分になるはず。お金を稼ぐことはつまり、じぶんの暮らしのためだけでなく、社会をより良いものにするために必須なこと。

へちまの苗に水を与えながら、真剣にそんなことを考えています。

bookmark_borderへちま畑で見つけた。

いつのまにか…、という感じで農業に触れています。

畑の草を刈り、土を耕し、肥料を与え、作物を植え、育て、収穫するということがじぶんのなかでだいぶ自然な営みになっていることに、ちょっと不思議な想いがします。朝起きれば畑に向かうという日は多く、プランターに種を撒いて発芽させることも日々の当たり前の作業のように思えている…、一体いつのまに自分はこれほど農業に近づいていただろうか、と。

29歳のころ、仕事をやめ、しばらくフリーだった時期、長野県嬬恋のキャベツ農家に1ヶ月間住み込み収穫作業をしていたことがあります。朝の2時半に起き、まだ真っ暗ななか、車のライトに照らされた畑でおばさんが大地から切り取りおじさんが詰めていったキャベツの箱を、よっこいしょと持ち上げてパレットまで運んでは積み上げることを繰り返す作業を連日やってました。結構な肉体労働だったはずなのだけど、カラダが辛かったという思い出はまったくありません。そのかわり、仕事終わりにもらえるビールがうまかったこと、その田舎町にある小さな雑貨屋で買ったエコーというタバコを吸うのが楽しみだったことを覚えています。

あの時期、わざわざ東京から長野まで移動してあのバイトをしたのは、それまでデザイン事務所のコピーライターとして連日デスクに座りっぱなしで長時間労働していたことの反動だったのだろうと今になってみれば思い当たります。脳みそを使う仕事は昔も今も大好きだけど、ぼくの場合はカラダもちゃんと動かさないと脳みそが活性化しないようです。ただ座りっぱなしでは、カラダが、脳みそが、死んでしまいそうになる。しかしそれは、15年ほども経った今だからわかることです。当時は、座ってパソコンの画面のなかで文字を上手に並べることが仕事だと本気で信じていました。綺麗に文字が並ぶことなどほとんどなかったけれど。

そんなことを久々に思い出した今のぼくはなんと、ありがたいことに、コピーライターをしながら、農業しています。一度捨て、二度と手に入れることはないと思っていたその肩書きをまた持つことになった幸運と、畑仕事までさせてもらえている現在の幸運に感謝します。もちろん、ぼくの農業など、農家の方から見ればお遊び未満くらいのものです。けれど、土を耕すこと、水を汲むこと、草を刈ること、つまり土と向き合うことに、なんとも言えない面白さを感じています。もちろん収穫があるのは嬉しいですが、ただ収穫することにだけ喜びがあるというわけではなく、土の上を歩き、水の重さを感じ、多様な生命のあり方に触れることが、どうやらぼくのカラダにとても良い影響を与えてくれているようだと感じています。

bookmark_borderへちま苗のツル、伸びる。

この苗は、自分で育てたものではなく、つい先日、ホームセンターで買ったもの。自分で芽出ししたへちま苗は、まだ2枚くらいしか葉が出ていないのに、売られていたものはすでに何枚もの葉が出ていて、ツルの触手もいかにも元気に伸びるぞって感じでした。全然、成長のスピードが違っている、という印象。こういうのはやっぱり、条件のいい温室で育てているからこんなに早く大きくなるのでしょうか。でも、もしかしたら、ぼくの芽出しが遅すぎるのかもしれないけど。あと、育苗ポットが小さすぎるのかな、とも最近疑いつつ…。

買った苗は、5本。ひとつ、250円くらい。意外と高い、という印象。でも、へちま苗には、少なくとも山形市内では滅多に出会うことができません。人気のある苗ではないのです。だから出会えただけラッキー。買えるなら、買えるときに買います。

この写真は、その苗を定植して3日目のもの。土塊が、ごわごわしていますね。やや粘土質の土壌で、機械を使わずに鍬で土起こししているので、あまり細かく粉砕できていないのです。土には、新たに苦土石灰と牛糞肥料と培土用の土を追加して混ぜました。栄養的なこともわからずに、なんとなくやっています。本当はこういうのもちゃんと調べないと。

ここ数日は急に真夏日のようになり、土はカラカラです。しかし、明日からは雨の予報。厳しい環境の中で、枯れることなく、病気になることなく、すくすくと育って欲しい、と願います。子どもみたいなものなんですね。

bookmark_borderへちま定植しました。

自宅で芽出ししたへちま苗の定植をしてきました。3本だけ。でも、妻曰く「まだ(定植するには)小さいんじゃないか」とのこと。たしかに、昨年お店で買ったへちまの苗はもうちょっと大きくなったものでした。なるほど。

ただ、ぼくが育てたへちま苗は、ポットが小さすぎて、根がもうはみ出してきてしまっていて、これ以上ポットで大きくさせるのも辛いのかな、、、とも思ったのでした。つまり、最初の芽出しのためのポットをもっと大きいものにしなければならない、ということかもしれません。来年に繋げたいですね。

梅雨はこれから。水はけの悪い土壌なので、ちょっと心配です。水が多すぎて腐ったりしないか、とか。日照りにしろ、雨にしろ、厳しい自然環境を生き抜いて大きく育って欲しい、と思います。

bookmark_borderへちまの芽が出てきました。

4月の半ばに植えたタネからはいっこうに芽が出ず。

このプランターから生えてきたのは、いつ植えたんだろう…、忘れてしまいました。ただ、どうやら、小さいポットで育てるよりも、大きいプランターにタネを蒔いて水をかけた方が、タネは気持ちがいいんじゃないか、という気がしました。だって、土がいっぱいあってあったかそうだし、栄養だってあるんじゃないかな。発芽率も、ポットよりいいような気がします。

さて、もう6月に入りましたが、もうちょっと種まきをやらないと、数が全然足りないだろうという気がします。いつもながら…、へちまプラネット計画、「芽だし」でつまづいております!!

今後にご期待ください。

bookmark_border2020 へちまプラネット計画 種まく。

2020.4.14 

ぼくのいる会社は今日からリモートワーク。もちろんコロナウィルス感染が広がる現状に対応するための会社の措置。なら、自宅作業のついでに、ということで、今日からへちまの種を植えることにしました。2019年のへちまプラネット計画の記録をみると5月20日頃に発芽の記録があります。ってことは種を植えたのは5月上旬頃なのでしょう。2019年は初めてということもあり、準備をするのも、種を植えるのも、すべてが遅かった、という記憶があります。なので、2年目となる今年、この2020年は、もうちょっと早く、もうちょっとたくさん、もうちょっと積極的に、へちまを増やしていこうと思います。

2020年のへちまプラネット計画に、ご期待ください。