bookmark_borderへちまプラネット計画に関する断片1

ここ数年、いや10年以上、農業に触れて来た。山形市内に100坪ほどの畑を2箇所借りて、鍬で耕し、ホームセンターで買って来たトマトだとかきゅうりだとかマンガンジだとかニンニクだとかを植えては、不細工な野菜を収穫したりしていた。週末には、西蔵王で趣味で農業をやっているおじさんの手伝いをし、土壌の豊かさや手入れや肥料によってこんなにも違うふっくらとした野菜ができるのかといつも驚いたりもした。夏になれば10年以上の付き合いにもなる酒田の北村くらた農園に数日住み込んで、朝から枝豆の収穫をし、脱サヤして、洗って、その場で直売する現場を手伝ったりもした。

そうした経験を積み重ねて来ての偽らざる心は、「農業で食っていくのはマジむずかしい!」というものだった。ひとりで農業にチャレンジしてみたいという気持ちをここ数年持っていた。しかし、機械を買ったり機械を使ったりするのは好きじゃないし、上手に土を耕すことも管理することもできないし、何を育てればいいのかもわからなかったし、金を稼げる算段がまるでつかなった。販売もむずかしく思えた。農協のようなところに出荷するのも、直売するのもどちらもとんでもなくハードルが高く感じられた。そしてまずなにより、野菜をつくるのが猛烈に下手くそだったのだ。

それでも、私は、耕作放棄地が広がるこの地元の山形で、この美しい風景を残すような農業がしたいという気持ちを募らせるようになった。それはここ1年くらいの間に特に強まった。そしてまた、グレタ・トゥーンベリのCOP24のスピーチを聞いて以来、環境問題に取り組む姿勢を自分もきちんと持ちたいと思うようになった。さらには、世の中のプラスチックをもうこれ以上増やさないためのアクションも起こしていかなければならないと思った。そうしたことを考えているうちにたどり着いたのが「へちま」であった。へちまなら作れるんじゃないか。へちまならビジネスにもなりうるんじゃないか。へちまなら未来のためになるんじゃないか、と。今の私の目には、へちまは、救世主のごとく映っている。しかし、いざはじめてみると、そう簡単なものでもなかったのだが。

bookmark_borderはじめての発芽

室内で紙ポットにタネをまき、霧吹きで毎日水をかけ、土の表面が乾くことのないよう濡れた新聞紙で覆い、1週間ほどたっただろうか。いや2週間だろうか、もっとかかっただろうか。何日待ちわびたのかももうわからないくらいで迎えた2019年5月25日。ようやくの、待望の発芽。

へちまの葉がどういうものかわからなかったので、同じ時期に蒔いたトマトの発芽を見て、「これがへちまか〜」と感慨深く眺めていたのだが、やがてそれがトマトだと気づくまでには時間がかかった。

後からわかったことだが、へちまのタネはかなり硬い殻に覆われており、かなり条件が良くても発芽率は高くない。そのため、ヘチマのその硬い殻を軽く傷つけておいてから植えるのがいいらしい。

bookmark_borderこの星を、へちま化する。

この星にへちまを増やせばいいんじゃないか? という仮説。

へちまはグリーンカーテンになる。二酸化炭素を減らすから、温暖化の抑制につながる。

まちの風景に緑が増え、徐々に衰退しつつあるまちを美しく飾ることができる。

たわしになるので、家庭で使えば、プラスチック使用量を減らすことにつながる。

役目を終えたら、天然資源だから土に還る。

「この星を、へちま化する」。それはシンプルに、いいことなんじゃないか?

へちまを育て、へちまでこの星を覆いたい。